流通量の1%未満「国産紅茶」が今、超進化していた イギリス「食のオスカー」で3つ星金賞の生産者も

横田 ちえ : ライター 著者フォロー
2023/01/28 13:00
紅茶
熊本県のあまたま農園が手がける国産紅茶と柑橘の「至高のアールグレイ」。紅茶生産の現状や、味づくりの工夫について伺いました(筆者撮影)
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国産紅茶の生産量は少なく、国内で流通している紅茶の1%にも満たない程度。しかし、イギリスの歴史ある賞で最高位の「3つ星金賞」を受賞する生産者が出てくるなど、国産紅茶は確実に進化しているようです。在鹿児島ライターの横田ちえさんが、日本の紅茶生産の実情と、とある農園の取り組みをレポートします。

先日、知人から勧められて飲んだアールグレイがおいしかった。さっぱりと甘い紅茶の味わいと柑橘の爽やかな香りのバランスが絶妙で、飲んだ後にすがすがしい余韻がある。

熊本県のあまたま農園が手がける「至高のアールグレイ」という商品で、自家農園の紅茶に、国産甘夏オイルを足したものだという。それを知って驚いた。私がいままで飲んできたアールグレイは、外国産がほとんどだからだ。

日本における、国産紅茶の現状とは

そもそも国産紅茶の生産量自体が少なく、国内で流通している紅茶の1%にも満たない。

しかし、イギリスの「グレイトテイストアワード」(「食のオスカー」とも呼ばれている)で最高位の3つ星金賞を受賞する生産者が出てくるなど、国産紅茶は確実に進化している。

また、大手飲料メーカーでも、国産茶葉に注目する企業は増えている。先日、筆者は本サイト(東洋経済オンライン)に「無糖なのに甘い『かごしま知覧紅茶』ヒットの要因」と題した記事を寄稿したが、この記事でも触れているように、ペットボトルの世界ではアサヒ飲料から「和紅茶」が、ポッカサッポロから「かごしま知覧紅茶」が発売されるなど、関心と需要も少しずつ高まっている。

国産紅茶の品質が高まってきつつあるので、これからは土地それぞれの花やハーブ、果物と組み合わせた、その土地ならではの国産フレーバードティーが増えていく段階に来ているように感じた。

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そんな状況で、紅茶の栽培から製造、販売まで一貫して手がけ、アールグレイのほかにもバラやレモン、ニッキ、山椒、桃、イチゴなどさまざまな素材をブレンドした紅茶を展開しているのが、冒頭で触れたあまたま農園だ。

あまたま農園の代表・天野礼さん(著者撮影)

紅茶好きとしては大いに気になる。現在の紅茶生産のことや味づくりの工夫、フレーバードティーの追求など話を伺った。

柑橘系オイルも、国産にこだわった

至高のアールグレイ(著者撮影)

熊本県は柑橘の栽培が盛んな土地である。全国生産量1位の不知火をはじめとして、晩白柚、甘夏、パール柑、温州みかんなどさまざまな品種が作られている。「至高のアールグレイ」には熊本産(※鹿児島産になることも)の甘夏オイルを使っている。甘夏は熊本と鹿児島が全国生産の半分以上を占めている柑橘で、酸味が強いのが特徴だ。

「いろんな柑橘オイルを試してみましたが、甘夏オイルがいちばんうちの紅茶と相性がよかったので選びました。本来は、ベルガモットという品種の柑橘を使っているのがアールグレイなんですけど、日本ではベルガモットの生産が極めて少ない。だからうちのアールグレイは甘夏オイルでいくことにしました」

一般的に流通しているアールグレイのほとんどが外国産のベルガモットオイルか人工香料で着香してあり香りが強い傾向にある。それを好む人も苦手とする人もいるが、アールグレイの強めの香りが苦手だった人にとっては、あまたま農園のものは飲みやすく、今までとはひと味違ったアールグレイだ。こういった新しい味が生まれてくることに、国産紅茶の面白さと可能性を感じる。

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紅茶好きの間で評価が高く、DEAN&DELUCA福岡店や東京のカフェからの引き合いもある。東京で日本茶ミルクティー専門店の「And Tei」を運営する倉橋佳彦さんは「柑橘系のフルーティーな香りはとても心地よく、皆が飲みやすい紅茶だと思いました。うちは日本茶ミルクティー専門店なのでプラントミルクとの相性のいいお茶を選んでいて、至高のアールグレイはオーツや大豆、えんどう豆の香りと重なりあったときにより香りの相乗効果を楽しめます」と話す。

茶畑は標高580mの山頂にあり、遠くの山脈や水俣市街地まで見渡せる眺望抜群の場所だ(著者撮影)

天野さんは、東京で勤務した後に家業の茶園を約10年間手伝い、その後お茶販売業を経て2021年にこの茶園と製造工場を引き継いだ。茶園は40年以上農薬や化学肥料を使わずに栽培を続けてきて有機JAS認定を受けている。

正式に引き継ぐ前から農園に通い、紅茶づくりの道を模索してきた。茶園には7品種の茶樹があり、風味や個性を見極めてブレンドや製造方法を決めていく。

「新芽をそのまま食べてみると、品種ごとにいろんな味がして面白いですよ。サラダみたいに食べられるのもあります」

国産紅茶は作り手の方針が色濃く反映される

同じ品種でも、エリアによって微妙に味が変わってくることもあるのだという。だからこそ、エリア、品種、摘み取りのタイミング、製造工程すべてを検証しながら味づくりに取り組んでいる。

紅茶

(著者撮影)

国産紅茶は「渋みが少なくてさっぱりしている」「ほうじ茶感覚で飲める優しい味」などと言われることも多い。しかし、品種や栽培環境、製造工程によって味はさまざまである。緑茶ほど地域ごとの製法が確立されていないため、国産紅茶は作り手の個性や方針がより色濃く反映される傾向にある。

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「例えば萎凋(茶葉を乾燥させる工程)は自然乾燥させるのと、ファンで風を送って乾燥させるので味がどう変化するのか。揉捻(茶葉を揉む工程)は短い時間と長い時間やるのでは、どちらがおいしくなるのか、そういうのを全部試して取り組んでいます」

奥の茶畑は右側と左側で刈り方を変えて生育具合を確かめている。色が違うのは刈り方が違うため(著者撮影)

フリーズドライや蒸留で紅茶の味わいが広がる

こうしてできた紅茶を、そのまま販売するのはもちろん、ほかの素材を組み合わせてフレーバードティーにしている。最初に紹介したアールグレイ以外にも、イチゴ、モモ、ショウガ、バラ、山椒、レモングラスなど、さまざまな素材と組み合わせることで紅茶の味わいが広がる。

「個人でフリーズドライの機械も持っているので、知り合った農家さんの作物や道の駅で見つけた食材など、気になるものを見つけたらなんでも試しています。個人でやっているからこそフットワーク軽くチャレンジできるのが強みです」

ユニークなのは、紅茶生産に加えて蒸留にも取り組むことだ。茶葉やハーブ類などを蒸留して「ルームスプレー」として販売している。これにはきっかけがあった。マツモトキヨシのシャンプーの原料として茶葉を卸したことに始まる。

「茶葉を蒸留して『茶葉水』にしてシャンプーに入れているようです。当時はお茶を蒸留するって発想がまったくなかったのですが、その話を聞いて面白いな、自分でもやってみたいと思いました。取引先にも契約上問題ないか確認したところ、自分でやってもOKだったので、すぐに蒸留器を取り寄せてやってみることにしました」

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素材と向き合い、気づきを得る

柑橘類や花、ハーブといろいろ蒸留する中で気づいたのは、花はそれ自体よりも枝のほうがいい香りがすることがあることだ。

「桜や桃は枝のほうがいい香りが出ます。花だけでやってみたらどちらもほとんど香りがしませんでした」

人間国宝の染色家・志村ふくみさんの著書『色を奏でる』『一色一生』等にも、桜は咲く直前の枝で染めるとえもいわれぬ色が取り出せると繰り返し記されていた。

“友人が花の花弁ばかり集めて染めてみたそうですが、それは灰色がかったうす緑だったそうです。幹で染めた色が桜色で、花弁で染めた色がうす緑ということは、自然の周期をあらかじめ伝える暗示にとんだ色のように思われます”(志村ふくみ著『一色一生』より)

素材と向き合うことで、目で見ているだけでは気づかなかったものまで見えてくる。

「ものさしじゃないけど、気になる素材を見つけたらよし悪しを判定する方法の1つとして、一度蒸留して蒸留水にしてみることがあります。その蒸留水の香りがいいものは、フリーズドライにして紅茶と合わせたときも美味しいですね。ちょっと変だなと思ったものは合わないんです」

ショウガの葉を蒸留している様子(画像提供:あまたま農園)

蒸留することで、新たな味の可能性を見つけた素材もある。例えばイグサ。

「イグサは江戸時代に夜泣きする子どもに与えるなど、薬として使われていたそうです。しかし、その飲みにくさからあまり飲まれなくなっていきました。うちでは一度蒸留して香りを抽出した後のイグサをボイル・乾燥させてから紅茶とブレンドしています。この工程を経るとえぐみがなくて、まろやかでほっとする味になります」

熊本県は全国1位のイグサの生産地で、シェアの90%以上を占めている。しかし、生活様式の変化や人口減少など多くの要因から生産量も農家の数も減っている。

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「自分が使う量はごくわずかですが、いい物なので新しい使い方を見つけられれば。無農薬で取り組まれているいい農家さんと知り合って、自分で仕入れて加工しています」

そして、これからはもっと「山の香りを取り入れてみたい」と抱負を語る。農園も自宅も山の中にあるため、自然に囲まれて四季折々の野山の草花や植物に触れて生活をしている。庭にレモングラスを植えてみたり、庭にあるニッケを使ってみたりと、おいしい紅茶作りは毎日の暮らしから着想を得ている。

「ヨーロッパはクレオパトラの時代から蒸留文化がありました。日本は水に恵まれていたのもあって蒸留文化はごく最近です。例えば、山に生えている野草は干してお茶にしたり、染めに使われたりしてきましたが、蒸留して成分と香りを抽出することはあまり取り組まれてきませんでした。身近な野山にあるものの香りや成分を抽出して、それを紅茶とうまく組み合わせて、新しいものを作ってみたいです。山遊びも大好きなので」

日本の国土の7割は山である。多くの可能性に満ちあふれている。

思い出に残る紅茶体験を「ティーマパーク」で

今後は、茶畑の風景も含めて楽しんでもらえるような場所を作っていきたいそうだ。お茶摘み体験や紅茶づくり体験、芳香蒸留水作り体験から、敷地の一角を利用してのグランピングやたき火などのレジャー体験と、紅茶を起点にいろんな楽しみができる「ティーマパーク」を目指しているのだという。

「紅茶は手もみなら1日で作れるので、ぜひ体験してもらいたいですね。あとは、家庭の庭に生えている桜の木、例えばお子さんが生まれたときに植えた記念樹を持ってきてもらって芳香蒸留水にするとか。思い出に残るようなことを楽しんでもらえたら」

冒頭に、国産紅茶は全国で流通しているものの1%に満たないと書いた。国産紅茶が増えるとさまざまな紅茶を味わえる楽しみが増えるだけでなく、国内各地の産地へ行き、より身近に紅茶を知って楽しめる可能性が増えてくるはずだ。そうやって産地の風景や製造工程を知った1杯の紅茶は、より味わい深いものになるに違いない。

お茶の花が咲く様子も愛らしい(著者撮影)

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