自転車ロードレースの表彰台で乾杯する選手たち。実はこれはノンアルコールビールである Photo: Alexander Koerner / Getty Images
Text by Benjamin Emonts
ヴァップラーの開発したノンアルコールビールが東ドイツで成功する間、西ドイツの市場でも若干の動きがあった。 フランクフルトのヘニンガー醸造所は1977年に「ゲステル」を出し、続いて1979年には、ビンディング醸造所が全国的に有名な「クラウスターラー・アルコールフリー」を出した。 これは現在も、ビーレフェルトの家族経営企業エトカー傘下のラーデベルガー・グループから販売されている。「いつもじゃないけど、ますます多く」という売り文句のクラウスターラーは、90年代には市場を支配していた。といっても、ノンアルコールビールの市場そのものが小さく、ほとんどないようなものだったのだが。
状況が変わったのは、2000年代が始まる頃、エルディンガー醸造所が賢い思いつきをしたときだった。 ノンアルコールビールが持つ等張性による効果は学術論文ですでに立証されていた。ノンアルコールビールは人間の血液と同等の濃度の電解質を含むため、体内で特に急速に役立てられるというのだ。 エルディンガーはそこに目をつけ、2001年に新たにノンアルコールの白ビールを「スポーツをする人のための等張性水分補給」として売り出したのだ。ビールの模造品ではなく、本物の清涼飲料としてだった。 エルディンガーはトライアスロン大会の主催者に接触し、ゴールした選手に無料でノンアルコールビールを提供した。そうしているうちに、どうやら人々に受け入れられたようだ。やがて醸造所からではなく、スポーツ団体のほうから連絡してくるようになり、スポンサー契約の話もやってきた。 そこで醸造所は「エルディンガー・アルコールフリー・チーム」を作り、多数の野心あるアマチュアだけでなく、ミュンヘンのトライアスロン選手ファリス・アルサルタンのような世界で通用するアスリートも支援した。
アルサルタンが2005年にハワイのアイアンマン世界選手権で優勝したときには、カメラの前で「エルディンガー・アルコールフリー」の入った特大グラスを掲げた。 エルディンガーは、マグダレナ・ノイナーやミヒャエル・グライスといったトップのバイアスロン選手とも契約した。世界選手権やオリンピックなどでメダルや賞を獲得した人たちだ。 エルディンガーの広告で飾られるイベントは、企業マラソン、トライアスロン大会チャレンジ・ロート、ベルリンマラソンやロンドンマラソンというようにますます大きくなり、絶大な宣伝効果を発揮した。 学術界からもさらなるアシストがあった。2009年、当時ミュンヘン工科大学の研究者でアルペンスキー・ドイツ代表のチームドクターだったヨハネス・シェールが、277人の被験者に対して「エルディンガー・アルコールフリー」をテストした。 ミュンヘンマラソン前後の数週間、一方のグループにはエルディンガーを毎日飲ませ、もう一方のグループにはプラセボを飲ませて比較したのだ。
ビールの原料の穀類に含まれる植物性物質、いわゆるポリフェノールによって、ビールを飲んだ被験者はプラセボを飲んだ被験者よりも明らかに炎症の度合いが少ないという結果になった。また、前者は感染症に対する抵抗力も強かった。 2018年の平昌冬季オリンピックでドイツの選手たちが好成績を収めると、「ニューヨーク・タイムズ」はノンアルコールの白ビールにその秘密があると書いた。 「ドイツのオリンピック選手はノンアルコールビールをたくさん飲んで、金メダルをたくさん獲った」。そして世界中のメディアが「ドイツ式ドーピング」と冗談めかしてコメントした。
現在のノンアルコールビール人気を引っ張っているのは、25〜45歳のいわゆるミレニアル世代とZ世代だ。 ビール会社にアドバイスする市場調査会社K&Aブランドリサーチのウーヴェ・レーボックによると、酩酊するよりも、自分の体調をしっかり整えたいと思う若い人が増えているという。場末の飲み屋で酔い潰れるよりも、素面でいるほうがいいと考えるのだ。
現在のノンアルコールビール人気を引っ張っているのは、25〜45歳のいわゆるミレニアル世代とZ世代だ。 ビール会社にアドバイスする市場調査会社K&Aブランドリサーチのウーヴェ・レーボックによると、酩酊するよりも、自分の体調をしっかり整えたいと思う若い人が増えているという。場末の飲み屋で酔い潰れるよりも、素面でいるほうがいいと考えるのだ。
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