2023/2/20 2:00
しばしば「門外漢」は新時代の扉を開く。ポストコーヒー(東京・目黒)最高経営責任者(CEO)の下村領さんはウェブ制作から身を転じ、コーヒー業界にサブスクリプション(定額課金)とプラットフォーマーの概念を持ち込んだ。「得意」と「好き」の融合が生んだ事業モデルは、コーヒーファンの裾野を着々と広げている。
元はウェブデザイナー兼エンジニア。コーヒービジネスは趣味感覚で始めた。
飲むのは缶コーヒーばかりの「自称コーヒー好き」だった。2005年にウェブ関連の制作スタジオを開業。経営は順調だったが、12年の「出合い」が転機となる。インターネットで目にしたエスプレッソマシンに一目ぼれして即、購入。自分が使うだけじゃもったいないと、翌年にはカフェを開いた。
ポストコーヒーCEOの下村領さん
ここで2つの気づきを得る。店で提供する高品質のスペシャルティコーヒーに感激する顧客を見て「おいしいコーヒーを飲んでいない人が意外に多い」ことを知る。もう一つは実店舗の商圏の狭さ。得意とするネットの世界とは対照的だった。
そこで着想し、20年に立ち上げたのがサブスクだ。利用者の好みの風味をネットで診断し、それに合うコーヒー豆を毎月3種類届ける。豆の組み合わせは毎回変わる。自宅に居ながら、飲み比べて自分にピッタリの味を探す「コーヒージャーニーを楽しめるんです」
サブスクは45グラム(3杯分)の豆3種類で月額1598円(税込み)から。今、組み合わせは約30万通りある。
いわばサブスクは「入門編」。熱心なコーヒーファンなら気になる単品をネット通販で買える。年間200種類以上の品ぞろえには国内外の著名な焙煎(ばいせん)業者31件が名を連ねる。
焙煎業者はこだわりが強い。かつては複数業者の豆が1サイトに並ぶ状況など想像できなかった。だがネットは販路として魅力がある。ウィンウィンの関係が成立する素地はあったのだ。その後、同様の事業モデルが国内外で誕生している。
下村さん自身はプラットフォーマーに徹し「コーヒー版ZOZOタウンのようなサイト」を実現した。「自分は優れたコーヒー業者をお客さまに紹介するサポーターだと思っています」。登録会員は5万人を超えた。
会社のビジョンは「ライフスタイルを進化させる」。
コーヒーはこだわるほどに奥深い世界を楽しめる嗜好品だが、難しいものではない。一日のルーティンにおいしいコーヒーを組み込むだけで人生は豊かになると、下村さんは断言する。そこに関与するのが使命という。
提供するのは「コーヒーのあるライフスタイル」という下村さんの発想は独特だ。その原点は起業前、キャンプでコーヒーを淹(い)れた時に味わった幸福感という。
その幸福感を顧客と共有する手立てを貪欲に模索する。手ごろな価格帯の豆の調達、小規模焙煎業者が出店するマーケットプレイスの開設――。今、リアルのコーヒーフェスの主催も構想中だ。
消費者の目線を起点に
ポストコーヒーは「こんなサイトがあったらいいな」という素朴な欲求を端緒に、「前例がないならつくればいい」と思い切る門外漢ならではのフットワークで実現した。下村さんが繰り出す新手は「消費者目線」が常に起点となっている。
在宅時間が増えた新型コロナウイルス禍も契機に、消費ビジネスではお客の生活圏(自宅)との接点を増やす工夫が重みを増す。下村さんが世に問うたのも、この文脈に沿った事業モデルだ。起業から2年余の間に4回の資金調達を実施し、成長投資にも余念がない。
淹れる、味わう、選ぶ――。コーヒーのあらゆる体験価値、楽しさを伝えたい。そんな下村さんの初心は消費者、そして業者の間で賛同の輪を広げている。(名出晃)
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